クォークというのは、コカ・コーラのことではありません。あれは「コーク」、こちらは「クォーク」です。英語で書くと「Quark」。現在、全宇宙の物資を作っている基本単位の1 つとされています。そんな大事なものなのに、学校では習わないし、大人だって知っている人は少ないのです。「難しい」と及び腰にならないで!クォークの世界にはワクワクするような話題がいっぱいです。クォークとはどんなものか、とにかく話を聞いてみませんか。
1.物をどんどん細かく見ていくと?
砂場の砂をコップに取ったとします。その砂を皿の上に広げてよく見ると、砂の1 粒1 粒が見えるでしょう。砂を作っている基本単位は、砂の粒だと言えます。積み木で家や動物を作ります。できたものの基本単位は1つ1 つの積み木です。では、私たちの身の回りのものも、同じように何かの基本単位が組み合わさってできているのでしょうか。
2.複雑な世界を整理したい!
身の回りのものは多種多様です。私たちの身に付けているものだけでも、服、くつ、メガネ、時計など、いろいろな素材でできていて、同じ基本単位から構成されているとは思えません。古代ギリシア人は土、水、空気、火の4 つが基本単位だと考えました。例えば、薪が火の要素と出会って燃えれば、空気の要素である煙と水の要素である汁が姿を見せ、土の要素である灰が残ると考えたのです。もし水が基本単位の1 つならば、それ以上細かく分けられないはずですね。現代ならば、9ボルトの電池を使って、簡単に水の電気分解ができます。出てきた気体は酸素と水素。水とは全く違う物質です。酸素と水素を化合して水を作ることもできます。ですから水は基本単位ではないのです。酸素や水素はこれ以上分解できません。このように、これ以上化学的に分解できない物質が19 世紀初めにたくさん見つかりました。それらを作っている基本単位は原子と呼ばれることになりました。現在、100 種類以上の原子が見つかっています。
3.もっと細かく、さらにもっと細かく
100 数種類の原子が物質の基本単位だとしたら、種類が多すぎると思いませんか。実際、それぞれの原子は原子核と呼ばれる重いものと、その周りを回る軽い電子の2 種類の物質からできていることが、19 世紀の終わりから20 世紀の初めにかけて実験的にわかりました。金箔に当てたアルファ粒子が大きく跳ね返されたことから、原子核の存在を明らかにしたラザフォードの実験は有名です。さらに、原子核は陽子と中性子の2種類の素粒子からできていることもわかりました。素粒子とはこれ以上分解できない「素」の粒子という意味です。しかし、同じような素粒子がたくさん見つかってしまいました。またもや、もっと「素」なるものが必要だ、として考え出されたのがクォーク模型でした。はじめ、クォークは数学的な模型に過ぎませんでした。ところが、実験でクォークの存在を示す証拠が次々に見つかり、今やクォークは実在の基本単位と認められています。クォークの他に、レプトンと呼ばれる電子の仲間も基本単位に加わっています。レプトンのグループの中には6 種類の粒子が入ります。小柴教授のノーベル賞受賞で有名になったニュートリノも基本単位の1つです。
4.クォークってどんなもの?
クォークにはアップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、それにボトムの6 種類があります。上の3つは+2/3 の電荷をもち、下の3 つは−1/3 の電荷をもちます。分数の電荷は普通の粒子にはない特徴です。陽子はアップ2 つとダウン1 つの組み合わせ。中性子はアップ1 つとダウン2 つです。このようにバリオンと呼ばれるグループの素粒子はどれもクォーク3 つからできています。他方、メソンと呼ばれるグループの素粒子はクォークと反クォークのペアからできています。(反粒子というのは、粒子と同じ質量をもちながら性質がすべて反対の粒子のことで、どの粒子にも反粒子が存在します。)また、クォークは色の自由度をもっています。色といっても、私たちが目にする色とは全く関係ありません。電荷のプラスやマイナスと同じようなものだと考えればよいでしょう。クォークの色は赤、緑、青の3種類です。3原色の光が集まって色のない光ができるように、3種類の色をもつクォークが集まって色のない素粒子(バリオン)を作ります。結局、私たちの身の回りのものの基本単位は、アップとダウンクォークでできた原子核に、電子が加わったものだと言えます。
5.絶対に見えないもの
クォーク同士を結びつけているのは、「強い力」と呼ばれる特別な力です。原子核の中の狭い領域にしか働かない力なので、私たちはふだん経験することがありません。強い力は色の自由度をもった粒子の間に働きます。この力の特別なところは、粒子を離そうとすればするほど大きなエネルギーが必要になることです。クォークを見ようと1個だけ引っ張り出すことは原理的にできないのです。
6.それでもクォークは存在する
取り出して見ることができないものが、なぜあるといえるのでしょうか。実験です。最初に得られた証拠は陽子の中に固い芯があるということでした。陽子に高いエネルギーのニュートリノや電子をぶつけると、ラザフォードの実験と同じように、貫通せずに複雑な反応が起こることが確認されました。さらに、加速器といって大きな運動場のようなところで粒子をぐるぐる回転させ、高いエネルギーになった粒子同士をぶつける実験が続けられました。粒子衝突からクォークと反クォークのペアが生まれることがあります。トップのように高いエネルギーのクォークが生まれたとしたら、それはほんの一瞬で他の粒子に変わってしまいますが、その変わり方が特別です。1995 年、加速器で行った膨大な実験記録の中から特別な場合を探し出し、確かにトップと反トップが生まれたに違いない、と結論することができました。
7.あなたの心に希望を見る
クォークを単独で見ることは原理的にできません。しかし、研究者はそんなことだけで、実験をあきらめはしないのです。単独で見ることができないなら、何かをぶつけることだってできるし、ペアで見ることもできます。必要なのは飽くなき探究心ではないでしょうか。クォークの研究なんかして、一体何の役に立つんだ、という人もいるかもしれません。確かにクォークの研究は実生活には役立ちそうもありませんが、それで研究を止めてしまうのでしょうか。私たちには世界のことをもっと知りたいという欲求があります。それは人類の叡智を代表する営みです。また、今すぐに役立たなくても、将来役に立つ日が来るかもしれません。原子論を発表したドルトンは、現代の原子レベルの物性科学を予想していたでしょうか。研究の成果は役に立つかどうかという尺度だけでは測れないものなのです。「現在、クォークは物質の基本単位の1つとされている」という言い方をしたのはなぜでしょう。それは将来、もっと違う実験事実が見つかれば、クォークは基本単位でなくなる可能性もあるからです。世界中でクォークの研究が続けられています。たとえ学校で教わらないことでも、科学の最先端の話に耳を傾け、目を大きく見開いてみれば、そこには未来への希望が横たわっています。世界はわからないことだらけです。あなたがわからないことの扉の1つを開けることだって、夢ではありません。フェルマーの最終定理を証明した数学者のワイルスは、この問題に10 歳の頃出会いました。今日来てくださった皆さんの中に、将来クォークの研究に携わる人が出るかもしれません。いや、未来への希望はクォークに限りません。みなさん一人一人の心の中にある希望の光を、ぜひ見つめてほしいと思います。
参考文献:
・フェルミ国立加速器研究所ホームページ http://www.fnal.gov/
・「クォークの魔法使い−素粒子物理のワンダーランド」ギルモア著、江沢洋監訳、土佐幸子訳、培風館、2002 年
・「クォーク−素粒子物理の最前線」南部陽一郎著、講談社ブルーバックス、2001 年